昭和52年10月10日 朝の御理解
御理解 第71節
「ここへは信心のけいこをしに来るのである。よくけいこをして帰れ。夜夜中、どういうことがないとも限らぬ。おかげはわがうちで受けよ。子供がある者や日傭取りは出て来るわけにゆかぬ。病人があったりすれば、捨てておいて参って来ることはできぬ。まめな時ここへ参って信心のけいこをしておけ。」
おかげを受ける為の信心のけいこ。力を受けるお徳を受ける事ための信心のけいこと、まぁこんなふうに分けられると思うんですね。昨日日田の支部長であります綾部さんとお話しをしたことでしたけれども、本当に各支部で目覚しいそのおかげを受けているのにひきかえ、大分支部はもうずっとこう言いよって見ても、それぞれ深刻な悩みをこれはもう支部長さんをはじめ持っておられる。
これはとりわけ大分支部の方たちが一生懸命のところを通っておられると言う事は、けれども、修行の後には必ずいわばおかげであり、力でありお徳でありますから。楽しいことじゃありますね。とまぁ話ことです。これはもう不思議に大分支部はそうなんです。皆さんがそれぞれのもう切迫した言うなら、難儀をかかえておられます。さっきそのことをまぁ先が楽しみですねと言うのは言うたもんの、皆さん銘々がそんなに思っておられるだろうかと思ってですね。
どういうわけ日田支部だけはこんなに、言うなら難儀が続くだろうかと。どうしてと言った様なことがあっては、まぁ楽しいですねとは言うたものの、私自身そんな感じたもんですからね。今朝からそのことをお願いをさせて頂きおりましたらね。松の木を裂いたからと言うて、切ったからというて、そこから松茸がね転げ出て来ることはないというお知らせを頂きましたね。どんなに大木どんなに素晴らしい銘木と言うても、松茸ははえません。やはり松茸。
しかもあるていど年をおいた松での下に言うなら、松のつゆ下陰でも申しましょうかね。私共九州で信心のおかげを頂くものは、もう殆どの方が言うなら松の下陰でありますね。桂松平先生のご信心の、流れを汲んでいる者、石橋松次郎先生のご信心の流れを汲んでいる者。安武松太郎先生のご信心を汲んでいる者、ばっかりと言うても良いくらいですから。その松の下陰に、いわゆるそれこそこのごろ、新聞で見せて頂きましたが、まるっきり、なら松茸は宝石のようなもんだってね。
それこそ宝石にも似た、宝にも似たようなものを頂くことのためには、まず言うならば松山であり、松のふに言うならば、雰囲気というか佇まいというかね。言うならばこれも松の木の下でなければ植えないのです。その松が生えるよう松茸が生えるようになるまでには、随分と年限も必要でしょうし。まぁ特別なその働きを受けなければ出来んのです。信心によって力を受けるとか、徳を受けるというのは、言うなら松のしたかげ。いわゆる松のその下の露のようなものがですね。
もう不思議なあの松茸という、まぁ世に稀な味わいというか、風味というか。そういう素晴らしいものがおえてくるおかげを頂くためにはね、松の木をというて割てみても、切ってみても中からは松茸はえてはこんというのです。言うならばあの信心の徳を受けると言う事。また神様も徳を受けさせたい。私共も少しおかげを頂くじゃなくて、信心を頂くと言う事にならねばならんと、こぉ明け暮れ頂いておりますからね。
その信心の力信心の徳を受ける為にはと、言う様な願いもかけられるようになり、また神様としても折角ご神縁を頂いているのであるから、今のその苦労を通して力も与えたい、徳も与えたいというそういう働きが、言うならば大分支部に起きているんだと言う事です。なるほど松を切ったからというて、割ったからというて、松茸は転げ出ては来ん。その言うならば、信心の言うならばその雰囲気とでも申しますか。信心がいよいよ血になる、肉になるとでも申しますかね。
だからもうそげんおかげに有頂天になる様な、おかげを頂いておるかと思うと、片やそれこそ信心しておってもいくら参っても願っても、おかげが形の上には現われてこないけれども。愈々松山としてのです松茸が出来る事のためのいろんな下準備というか、そういう働きが起きているんだと言う事ですね。だから言うならばやはり先が楽しみ。その難儀はその修行はね、結構な修行として有り難い修行として受けなければならん。
言うなら大分支部は一段言うならば、信心を高めさせて頂くための段階にある事を思わせて頂くんですね。あちらの大分支部の方から今度の記念祭に、舞人さんを1人おかげを頂きたいと言うて。でも大体手にいったという時に事故にあってから、足がこうチンガチンガするごとなって。私昨日出て参りましたら丁度是はもう本当にあの昨日昨日の晩先生が見えておってから、もうそれこそあのお世辞抜きにほめられたと言う事ですが。直子と佐田さんの所の真理子さんが連れ舞いをやる。2人で舞います。
大変難しい舞いなんです。けれども私見とってからね、もう本当にびっくりするごと上達していることに驚きました。それが国師さんは初めてだもんですから、もうそうにゃ稽古もしてましたけど、中々ああいう具合には行かんのですね。ところが2人がまぁここで言うならば舞いの、まぁ言うならベテランですから、もう二人の呼吸も合って、それからはぁそりゃ、神様のご都合だとは思っておりましたけれども。昨日その舞いを見て、その一段をそれを思いましたね。
と言う様にそのそういうそういう上にも、やはり修行があっていると言う事ですね。ですから折角あれだけ一生懸命打ち込んで稽古をしたのに、とうとう晴れの場に出る事も出来なかった、ご神前で舞う事も出来なかったと、まぁ思うかも知れんけれども。けれどもその思いが強ければ、強いほど修行として、本当に結構な修行をさせて頂きましたというて、お礼を申し上げる。チンガチンガして舞う訳にはいかん。痛さをこらえて舞ったわけじゃいかん。
もう本当に微妙な神様の働きがです、言うならば大分支部全体に修行を求められているんだと言う事を感じます。そこでそれを本当に修行と感じるなら、修行を頂いていると言う事に、お礼を申し上げなければならないと言う事になります。本当にこういう今それこそ何と言うですか、もう十把ひとからげというですか。もう一緒にもう団体で修行しよりなさるという感じです。だから団体で頂くおかげと言う事が本当に楽しい。だからまぁ楽しいとまではいかんでも、有り難いと心得てその修行を修行として頂いていく。
私は信心の稽古はこういうときだと思うんです、本当にできるのは。そこでその信心修行をどう頂き、どう受けて行くかと言う事なんです。昨日は記念祭の祝詞が出来ますので、その委員の方達が先生方5、6名とそれから信者側から信徒会長と高橋さんとが入って、いろいろとそのお祝詞の中に、お礼を申し上げたりお願いをしたり、言うなら神様にご報告を申し上げる事の話しあいがございました。
とうとう昨日1日ではできませんでしたけれども。本当に実感のこもったお礼であり、またはお願いであり、又は報告でなければなりませんから。というてならただその作文をよくすると言う事だけではいけませんし。やはりその祝詞言葉というものがございますから、祝詞言葉に合せてのことです。その中にどうでもこれだけは、その中にうたっておかなければいけないよと私が申しておりましたことは、10年の合楽の信心の歩みをなんとか文書に現せとこう言うわけです。
それで例えば私達が10年間の間に、どこを焦点にして、言うならば信心を進めてきたかと、言う事をずっとこうあの前のあの高い塔に書いてまいりましたね。あれが丁度、10年間で5回変っているんです。今合楽理念の確立というのが、私共の言うならば信心の願いでもあるし。そのことに一生懸命まぁ焦点をおいてけいこをしているわけですけれども。それが一番はじめにここへ参りましたときに、あそこへ書き出されたのは、「限りなく美しゅうなりましょう」ということです。
私はこのことをずっとあのお話しをしているうちに、その神ながらである事にある意味で驚きました。次は「豊かに大きく」と言う事でした2年後に。そして丁度5年祭のころには、「和賀心時代を創る」という、言わばスローガンの元に私共は一生懸命信心の稽古をさせて頂きました。それからまた2年間それは「合楽示現活動に参画する」と言う事でした。そして現在の合楽理念の確立。思うて見れば見るほど、もう本当に神様の神ながらと言う事はこんな事だといつも思うんですけれども。
その信心の上でまいりましたその過程がですね、始めは言うなら限りなく美しゅうなりましょう。限りなく美しゅうなろうと言うたら、その場で問題は消えるんだと、その時分に言うてきました。もう合楽の合い言葉のようでした。限りなく美しゅうなりましょう。どういう問題がそこに、とくに人間関係の問題なんかはもうその場で解決する。結局美しゅうないから問題が起こるのですから。
そして改めて昨日、私それを言いながら気付かせて頂いた事は、限りなく美しゅうなりましょうと言う事は、そのまま天の心だと言う事でございます。天は無条件にしかも限りなく私共に恵み続けております。もう限りない美しい心のこれは焦点です。天の心を心とするというならば、それこそ天の心のように無条件でしかも限りなく与えつづけれるところの言うならば慈悲心といったものが育ってこなければ、限りなく美しくなりましょうということにはならんのです。
そして豊かに大きくと言う事は、そのまま地の心である事に気付きましたね。ならここで言われる、黙って治めるというのが内容なんです。大地が言うならばそれこそ黙って受けて受け抜くだけではなくてそれをね、大地自身の素晴らしい、沃土とも化していくという働き。そしてそれをね、作物なら作物または、植木なら植木に送ってやる働きまでもするほどしの心を地の心というのです。
昨日そこの久保山さんが、お届けに参りまして、その前後のことですけれども、それは素晴らしいお知らせを頂いておられます、お夢の中に。水道がもうどんどん出よるのに、自分が小さいコップを持って、その水を受けておるところである。これでならコップ一杯の水ならば、いざ知らずですけれどもね、大きなおかげ沢山なおかげを頂こうと思うならば、コップではいけないんだ。やはり大きな受け物を作らなければいけない。その大きな心を頂くためには、大きな心豊かな心にならなければならん。
ならどうすれば大きくなれるか、どうすれば豊かなになるかと言う事は、私の上に起きて来る一切の事柄を、合掌して受けるような心持ち。言うならば修行をさせて頂いて有り難いという心なんです。はぁこうして大きくなっていきよるんだなぁ。こうして豊かになっているんだなと、自分でも感じれれるくらいな、おかげを頂かなければ、大きな豊かなおかげには繋がらない。ははぁもうのっけから天の心、地の心を合楽ではお互い目指しておったなと、言う事を改めて昨日は気付かせて頂きました。
5年祭のごろはそれこそ寒天危地ね、地球上に死相が見えたと神様がお知らせ下さった。言うならば寒い天、危うい地と書いて寒天危地と頂いた。もうそれこそ身が凍る様な思いがしてお願いをさせて頂いておりましたら、次を歓天喜地にしていくのは、金光教の信心による外にはない。それは喜びの天喜びの地と書いて、歓天喜地とね。同じ語呂ではありますけれども、その内容は天と地ほどに違うのである。そこから言うなら和賀心時代を創るという、それと前後して和賀心時代を創ると言う事になってきた。
いかにも大袈裟で大きなようであるけれども、本当にこの和賀心をですね、言うならば合楽で皆さんがおかげを頂かれた、そのおかげを実証して世界の市場に和賀心を持ち出して、これは教団内だけのことではない。もうありとあらゆる人間が、助かって行く事のためにあるそれが宗教ならば、もうすべての宗教のしんに、この和賀心が入ってこなければならない。言わば入って広める働きを、なさなければならないと言う様な信心が、2年続けました。
そこでなら皆さんからお話しを頂きながら、思うて見なきゃならん事がです、なら10年間信心を続けたと致しまして、果してあの限りなく美しゅうなろうというとき、美しゅうなる事にどれくらい精進しただろう。豊かに大きくという時に、私共はどれほどそこに焦点をおいて豊かに大きくあの時に、豊かに大きくなったなと思える人が、どのくらいあるだろう。本気で和賀心時代を言うならば、創ると言うそういう運動に果たして、参画しておったかどうか。
これはやはり言わばおさらいと言えば、本当にこういう信心がいつも、やはり出来なければならないと言う事なんです。そしてそれがそんなに神ながらな言うならば、段取りというものができておる。本当におかげを頂かせて頂くという、合楽理念の確立と言う事は、愈々完璧の信心に入ったと言うのです。しかも絶対の道だというのです。その間違いの無い完璧な信心へ私共が一歩足を踏み込んでそしてこれはまた限りなく完璧を目指していかなければならないことでしょうけれども。
これはもう絶対の道だと言うならば言っておる訳です。合楽で合楽示現活動に参画すると言うならば信心が打ち立てられた一年後に教団で、御取次成就信心生活運動心発足という教団あげての運動が新たに起こるなりました。そして例えばその御取次ぎ成就信心生活も、金光教の信心の芯であり、神髄でありそういう素晴らしい信心が、打ち出されたにも関わらず、はかばかしい進展を見ないと言う事がです。
内容になら合楽示現活動に参画するという、そういう内容が中に入っていかなければならないと言う事をその運動の起こる1年前に合楽では頂いておったと言う事です。合楽示現活動でなければ、合楽と言う事。神様と氏子が一緒に助かる。拝み合っていけれるほどしの信心がです、それを示現するという、今まで合楽その意味にまで合楽ではお導きということを言わなかったが、この示現活動が始まるや否やお互いがもうそれこそ押さえておったものがこうとれたように、みなさんが勢いこんで示現活動。
言うならお導き運動に参画された。その運動が起るや否やでした。例えばご本部参拝の「 」人数が倍に膨張しました。だから御取次ぎ成就信心生活運動の内容にです、合楽示現活動に参画するという、その内容が入っていくならばですね、それこそ教団がふくれにふくれていくでしょう。増えに増えて行くことでしょう。ならその合楽示現活動と言う事がなら今申しますように、神様と氏子と、本当に交流し合うと言う事。
頂く信心から産みなす信心と言われる、産みなす信心というのは、合楽理念を持ってしなければ、本当の産みなすと言う事にはなってこない。しかも示現というは、そういう私共が気になるところからですね、不思議な不思議な神仏が不思議な働きを示し現すということが、示現だと言う事が分かってから、愈々私共は感動いたしました。そりゃ示現というのは、ただお導きただ示し現す事だとではなかった。その内容というのは、神仏が不思議な働きを示し現すと言う事だと言う事になった。
もう本当にそのころからね、それまででもおかげを受けておったけれどもです、まぁ日々合楽のお広前に奇跡が続いたのです。成程不思議な働きが示し現された。ものが言わんもんがものを言うごとなったり、目には見えない者が見えるようになったり、ちんばが立ったりね、様々な奇跡の連続でした。後々で考えてみると実は奇跡では無い。信心しておかげを受けると言う事は、当たり前なこと。信心してみかげがないなら、それぞ不思議なることであるということがまぁ分かったんですけれども。
やはり不思議と言わなければおられないおかげが立ち始めた。合楽示現活動に参画する。お互いが参画し続けておるわけであります。そしてなら合楽理念と言う事が言い出されましてからまた2年になりますか。2年目に入ったわけでしょう。10年間の間にそういう信心の歩みというものがあった。と言う事は、なら今日の御理解で言うと、そういう信心を目当てにして、お互い信心の稽古をさせて頂いたと言う事になります。
私共ももういっぺん10年間の信心を振り返ってみてですね、どの一言でも私共の信心の血肉にならないものはない、それが血肉になって行く事のための信心を頂いて、合楽理念の確立の内容であるところの、信心がもう既に10年前に説かれてあったと言う事であります。言うならばその基礎づくりであったと言う事も言えます。しかも合楽理念の確立をみるところからです、言うならばお商売は、合楽理念を持ってする他はない。百姓は合楽理念を持ってする他はない。
海外布教は、合楽理念を持ってする他は無いと徹底して、それが言えれる自信をね、ひとつ頂かなきゃ、確信を頂かなければならない。ために愈々合楽理念の確立を急がなければならない。その内容になるものは、私共が10年間辿らせて頂いた信心を、もういっぺん頂き直さなければならないと、言う事になるのじゃないでしょうか。信心の稽古という、ここの場合はそういう目当てが、きちっとおいてあるのですから。
その現在なら大分支部の様々な難儀、なら難儀を通してです、言うならばその難儀を通して、なら私共が10年間辿ってきた信心を、もういっぺんその中から本当に頂いていくという、言わば姿勢づくりが、なされなければならんと言う事になります。中々その起草委員会の方達が、その事に取り組む訳でしょうけれども、お話しをすればこれだけですけど、お話しする様な訳にはいけませんからね、祝詞言葉というのは。それでまぁ頭を痛めたわけですけれども、どう表現できるか。
本当にその祝詞の中に、現れてくる私共10年の信心の歩みがね、どういうふうに神様にお礼を申し上げ、又はご報告を申し上げるかと言う事が楽しみであります。そして愈々、合楽理念の確立を2年目の信心の要ともして進めさせて頂く、そういう私は稽古に明けてくれるところの、おかげでなからなければならんと思う。これは始めからここへは信心の稽古に来る所と言っておられます。そしてまた最後にもです、まめなときここへ参って信心のけいこをしておけと最後にむすんでおられます。
だから明けても暮れても、この事を通してお互いの信心が、進められていかなければならない。また進められる限りね、それこそ先が楽しみ。そういう内容がです、段々出来て来るところから、松の下かげであります。どういうものが植えるか。それこそ世にも言われる珍味であり、それこそ宝物のような宝石のような、素晴らしいものがそこからこぉおえてくるところのおかげが頂けれるわけであります。もう類のないほどしの力、類のないほどしのおかげ。そういうおかげを受けて行くためにです。
ただ信心の稽古と言うても、ただ夜夜中どう言う事が起こってくるか分からん。おかげは我が家で受けよという、そういうおかげだけに止まらずにね、信心の徳を愈々積ませて頂く稽古。それを私は今日は私共10年間の信心の歩みを通してです、私共はもう通ったから、その信心をせんでよいと言う事ではない。果して自分の信心の血肉になっておるかと言う事を思ってみて、血肉になっていない。そこでならもういっぺんじゃない。いつもがそういう信心を私共は心がけておらなければならんと言う事ですよね。
どうぞ。